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証言者たちの声から浮かび上がるナチ社会と未来への問い/小野寺拓也

 本作にはおおよそ三つの軸があるように思われる。①「ふつうの人々」はナチ体制やユダヤ人迫害、ホロコーストをどのように経験したのか。②彼ら・彼女らは、自らの関与をどのように評価したのか。③過去の出来事をどのようにして伝えていくべきなのか。本稿では、この三つの軸に沿って考えていきたい。


 本作の冒頭では、アウシュヴィッツの生存者プリーモ・レーヴィの言葉が引用される。「怪物は存在する。しかし少数ゆえに真の危険とはならない。むしろ危険なのは普通の人間だ。何も疑うことなく信じ込む」。

 この警句は、ホロコーストやナチ体制を理解するうえできわめて重要である。ホロコースト研究の古典的作品、クリストファー・ブラウニング著「普通の人びと -ホロコーストと第101警察予備大隊」でも指摘されているように、殺害に喜びを覚えるような人間はごく一握りに過ぎない。だが、殺害への加担を拒んだり殺害現場から離脱したりするような人びとも2割程度に過ぎなかった。8割弱の人びとは命じられたとおり、最後まで殺害に加担し続けたのだ。ユダヤ人、シンティ・ロマ(ジプシー)、社会主義者・共産主義者のような政治的反対派、カトリックの聖職者、障がい者、同性愛者などが迫害を受けていたにもかかわらず、多くのドイツ人はそのことをそれほど重大なこととは考えず、戦況が絶望的になってもなおヒトラーを支持し続けた。なぜ多くの人びとは加担しつづけたのだろうか?

 もちろん体制によるさまざまな強制や教育による「洗脳」はそれなりに重要である。だが「参加の独裁」という視点を見落としてはならないだろう。たしかにナチ体制は独裁体制ではあったが、さまざまな組織に参加することで、多くのことを体験したり「自分が必要とされている」という感覚を味わったりすることができる体制でもあった。本作でも、ヒトラー・ユーゲントやドイツ女子青年団に参加してハイキングや行進をしたり、歌を一緒に歌ったり、ボクシングや陸上競技などスポーツを満喫したという証言が数多く出てくる(もちろんそこで劣等感を味わう人もいたのだけれども)。「いろんなことをやった、楽しかったよ」という元親衛隊員の回想はそうした文脈で理解することが必要だろう。さらに制服を着用することで、子どもたちでも「民族共同体」の栄えあるメンバーであることを実感できた。エリート部隊や組織に入ることができれば、ますます自尊心がくすぐられた。日常的実践と政治は深く繋がっていたのだ。

 ただしそうした日常にも、反ユダヤ主義は深く入り込んでいた。証言者の中には「ユダヤ人はにおいでユダヤ人だとわかる。特有のにおいがあるんだ」、「彼らは…商売上手だったし、かぎ鼻だった」といった、あからさまな反ユダヤ主義的言動をする人びともいる。だがそうした敵意以上に人びとに広がっていたのが、無関心だった。ある元親衛隊員は、「シナゴーグが燃えても胸が痛むことはなかった。ユダヤ人には同情も感じなかった」と漏らす。それは犯罪行為だったのではないかと問われて初めて、それが犯罪だったことに気づくのである。

 本作では「安楽死施設」の話題が登場する。「生きるに値しない生命」として障がい者が殺害されたのだが、極秘作戦であるにもかかわらずその噂はドイツ国内に一気に広がった。そこで殺害されていたのはおもにドイツ人であり、「人ごと」とは思えなかったからだ。だが、ユダヤ人の強制移送は人びとが見ている目の前で行われたにもかかわらず、そして強制収容所の内情は外部にも漏れ伝わっていたにもかかわらず、同じような共感がユダヤ人に向けられることはほとんどなかった。「反ユダヤ主義」は悪意やヘイトスピーチに限られるものではない。「自分とは無関係な人間なのだから、その命運など関心はない」という冷たさでもあったのだ。

 

 映画の終盤、監督は重要な疑問を投げかける。「命令を断って銃殺になった例は?」 それに対して、元武装親衛隊員は「それはない。記録もない」と答える。この証言は正しい。今までのところ、ドイツ人の加害者が民間人を殺害することを拒否したために処刑された例も、強制収容所に送られた例も、刑務所に送られた例も、ただの一つも見つかっていない。もちろん、命令を断ることで昇進が不可能になったり、「弱い男」として同僚から見くびられたりといった不利益はあった。だがブラウニングが「普通の人びと」のなかで示しているように、処刑への参加を避けることは決して不可能ではなかった。

そのため人びとは戦後になると、元武装親衛隊員が言うような次の三つの対応を取るようになる。「1 “私は知らなかった”。 2 “私は関わっていない”。3 “もし知っていたら絶対に違う反応をしていた”」。本作でも、「知らなかった」とか、関わっていたのは自分たちの組織ではないといった発言が次々と出てくる。

本作全体を通してみれば、そうした発言は慎重に受け止める必要があることがわかる。もちろん、本当に知らなかった可能性がないわけではない。しかし本当のところは、「知らなかった」というよりも「知りたくなかった」だけなのかもしれない。

そう考えるのには理由がある。人間が何かをきちんと「知る」には、知ろうとする意志が欠かせないからだ。仮に断片的な情報を耳にしたとしても、それがいったい何を意味しているのか、その背後にどのような「全体」が隠れているのかを知るためには、もっとよく知ろうという特別な関心が必要である。だがそのような関心を持つ動機が、果たして当時の人々にあっただろうか? 何か異常なことが起こっていることを「知って」しまえば、それに対して何らかの行動を起こすことが求められる。不正義を知っていたにもかかわらず敢えて見逃したという「責任」が生ずるからである。であるなら、そのような面倒くさいことには最初から首をつっこまないほうがよい。知らないようにしておくのがベストだし、万が一知ってしまったなら「そんなはずはない」と心の中で抑え込んでおくに限る。それが当時のドイツ人の間では一般的な態度だったのだと、ウルリヒ・ヘルベルトは「第三帝国 ある独裁の歴史」で指摘している。

「知らなかった」という態度の裏に潜んでいるそうした抑圧が感じ取れるのが、エーベンゼーの5人の女性である。「強制収容所のことはどの程度ご存じでしたか?」と聞かれ、初めは「私は知らなかった」と答える。当局によってひた隠しにされていたのだと。だが最後には、強制収容所の実態を知っていたこと、だが恐怖感から黙認していたことを認めるようになる(しかもそのうちの一人は、のちに親衛隊員と結婚したのだという)。「知らなかった」とは、「知らなかったことにしよう」という人びとの意志による「共同作業」でもあったのだ。


戦争から80年近くが経ち、何らかのかたちでこれに関わった人びとも100歳近くなってきている。その意味で現在は、戦争やホロコーストについて直接の証言が聞ける最後の機会と言ってよい。

だが、人びとがそうした証言に耳を貸すとは限らない。それを衝撃的なかたちで示したのが、ヴァンゼー会議記念館での学生たちと元親衛隊員との「対話」だ。彼らの「身元」や政治的信条は不明だが、ドイツ人であるということを恥ずかしいと思わせ、ドイツ人を犯罪者扱いし続ける、名誉を捨てた輩であると、元親衛隊員を正面から否定し続ける。

ドイツでは戦争やホロコーストについて徹底した教育が行われているはずなのに、なぜこのようなことが起こるのか。そう感じられた方も少なくないだろう。現在では、難民危機や排外的な雰囲気の高まりなど、政治的要因も大きい。ただし、人間はきちんとした知識を学べば過去を「正しく」理解できるというわけでもない。社会心理学者ハラルト・ヴェルツァーなどによれば、「歴史知識」と「歴史意識」は分けて考える必要がある。学校や大学、マスメディアなどで伝達される前者に対し、後者は「過去に対する感情的イメージ」であり、それこそが「学んだ歴史知識をどのように解釈し、利用するか」を決定するのだという。ドイツ人がそのような犯罪行為に手を染めていたなどあってはならない、もしそれを認めてしまえば「私は自分を汚してしまう」。教育やメディアによって正確な知識が伝えられれば伝えられるほど、「ドイツ人の悪口を言うな」「うちのおじいちゃんがそんなことをしたはずがない」という感情的反発が強まり、そこからの「逃げ道」を探すようになるのである。

ではどうすればよいのか、筆者にも確固たる意見があるわけではない。「歴史知識」だけではなく「歴史意識」の次元にも気を配りながら粘り強く語りかけていくことが、研究者にも求められているのだろう。その意味では、聞く耳を(現時点では)全くもたない学生たちに対して、それでもなお話すことを止めようとしない元親衛隊員は、かすかな希望ではある。今すぐには理解してくれなくても、いずれ受け止めてくれる時が来るかもしれないと期待して、語り続けるということだ。


本作は、「答え」を提示する作品ではない。「問い」を投げ続ける作品である。

「罪」とは何か、「責任」とは何か。当時の人びとには何が出来て、何が出来なかったのか。自分が当時生きていたら果たして何が出来たのか。いずれも明確な答えはない。しかし、人びとが広い視点でものを考えるのを止めたとき、他者や社会への関心を失ったときに何が起こったのかを、この映画は見事にえぐり出している。「ファイナルアンサー」としてではなく考え続けるきっかけとして、本作が受け入れられることを願いたい。


小野寺拓也(おのでらたくや)

ドイツ現代史研究者/東京外国語大学大学院 総合国際学研究院准教授 

1975年生まれ。著書に「野戦郵便から読み解く「ふつうのドイツ兵」―第二次世界大戦末期におけるイデオロギーと「主体性」」、訳書にウルリヒ・ヘルベルト「第三帝国 ある独裁の歴史」、S・ナイツェル/H・ヴェルツァー「兵士というもの―ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理」などがある。